NISSIN 2020
RECRUITING
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NISSIN

Project

100年ブランドカンパニーを
実現する、
全く新しいコンセプトの
工場をつくり上げよ。
〜生産現場の思いが、
世界最高水準のスマートファクトリーをつくる〜

林 将広
日清食品ホールディングス(株)
ビジネスイノベーション室
2004年入社/工学部卒
※現所属:経営管理室
※記事の内容は、取材当時のものとなります。
学生時代は音楽活動に没頭し、インディーズデビューまで果たした。「音楽で世の中を変えたい」と本気で思っていた当時、「食を通じて世の中をよくする」という日清食品のビジョンが心に刺さって入社を決意。8年間の工場勤務の後、東京本社にてシステム構築や業務改善プロジェクトを担当。その経験が認められて、関西工場立ち上げの「PMO*」を担当。
*Project Management Office:プロジェクトマネジメント(PM)の支援を横断的にサポートするポジション
Masahiro
Hayashi
松尾 大輔
日清食品(株)
関西工場 製造課
2005年入社/工学研究科卒
※記事の内容は、取材当時のものとなります。
「普通じゃつまらない」と就職先を探しているときに日清食品に出会った。7年間の滋賀工場勤務時代には、短期間ではあるが林と「同じ釜の飯」を食べた仲。2012年からは米国に転勤し、異国の地で数々の新たなライン立ち上げを経験。工場の設備全般を熟知しているからこそ、関西工場の設計に携わることになった。
Daisuke
Matsuo
石橋 裕太郎
日清食品(株)
関西工場 製造課
2015年入社/工学部卒
※記事の内容は、取材当時のものとなります。
製造業に携わる父の影響もあり、日清食品に入社。入社後は包装や調合など、製造オペレーターとして様々な工程を経験した。「これほど大規模な工場立ち上げに関われるチャンスはめったにない」と意気込んでプロジェクトに参加。
Yutaro
Ishibashi

未来の課題をテクノロジーで解決する、
今までにない新しい工場をつくれ。

2016年発表の中期経営計画において日清食品は、「100年ブランドカンパニーの実現」に向け、「工場の高度化投資を行う」と宣言した。ブランドが100年生き残るためには、100年休むことなく生産を続けなければならない。仮にこのまま企業として時代を生き抜けば、2058年に『チキンラーメン』が最初に100年ブランドとなる。しかし2060年頃には、日本の労働人口が40%減少すると予測されている。将来的に見れば、「人の力」だけに頼る従来型のモデルでは、生産が立ち行かなくなる可能性が高いのだ。必要なのは「生産イノベーション」。そしてベースにあるのはロボットやIoTなどのテクノロジーを前提とした生産。かくして、「100年ブランドカンパニー」実現に向けた、全く新しいコンセプトの「関西工場」の計画がスタートした。「日清食品、2017年に関西新工場を575億円で着工」。過去60年間で最大の投資額だったこともあり、このニュースは瞬く間にメディアで報道され注目が集まった。建設予定地は滋賀工場から北に350m。延べ床面積11万3368m2。すでに建設会社による構造設計が始まっていた。しかし、工場はまだまだ「箱」とも言える状態。ここに、IoTをはじめとする最新の技術と、「日清食品の魂」を吹き込む必要があった。

インタビュー中の日清食品(株)社員 三浦 由視

生産現場の思いが、
スマートファクトリーを
形にしていく。

プロジェクトは2016年にスタートした。関西工場に魂を吹き込むためには「生産の現場」を熟知し、ITやIoTなどのテクノロジーも理解している社員が必要だった。まず白羽の矢が立ったのが林だった。8年の関東工場勤務を経て、全社のシステム開発や業務改善を担当していた。日清食品の生産と、システム化のノウハウを知り尽くした男だった。次に声がかかったのは、滋賀工場を経て、米国で数々の新たなライン立ち上げを経験していた松尾だった。前例のない立ち上げを誰よりも熟知していた。そして3人目は若手の石橋。最先端の技術を取り込むために、アンテナを高く張り巡らせている人材が必要とされていた。既にスケジュールは決まっている。しかし肝心の構想・要件は、まだ決まっていない。ベンダーの選定から要件定義、設計に至るまでを急ピッチで進めていった。最新の工場を設計するにあたって役立ったのは、意外にも「現場経験」だったという。「自分が現場で感じた『もっと良くしたい』という思いが設計のベースになっています」と林は回想する。松尾も「現場の『社員の思い』が原点。昔、一緒に仕事をした仲間が使いやすいかどうか、想像して設計しました」と話す。ロボットや自動設備、IoT技術を駆使した「スマートファクトリー」の完成に向けて、全員が全速力で走り始めた。そのエンジンは、生産の現場を知り尽くす男たちの「思い」だったのだ。

インタビュー中の日清食品(株)社員 石原 亜希子

日清食品ブランドを体現する、
世界最高水準の
スマートファクトリーへ。

「スマートファクトリー」とはいえ「工場」である。複雑な構造。煩雑な製造工程。いわゆる旧来の「工場」のイメージでは、「安全・安心」は想起されない。「やるならとことん向き合って、世界最高水準のスマートファクトリーをつくろう」。それが、経営層とプロジェクトメンバーの見据えたゴールだった。見た瞬間に日清食品の「安全・安心」のブランドを感じる、今までにない工場をつくろうというのだ。自働化や省人化だけでは足りない。専門家とスクラムを組み、考えに考え抜いた。たどり着いた案の一つが「製造ラインの見学コース」を設置することだった。地元の子どもたちにスマートファクトリーを見てもらうことで「安全・安心」を体感してもらえると考えた結果だった。スマートでクリーンな空間。日清食品らしさを感じるデザイン。その実現に向け、工場内外のデザインも日清食品のコーポレートカラーである赤と白で統一することになった。しかし、工事は既に進んでいる。その上、2018年の稼働まで時間は限られている。急ピッチで準備は進められた。石橋も全力疾走だった。工事管理や予算管理、ベンダーとの打ち合わせなど、マルチタスクを抱えながらプロジェクトは進行していった。メンバーの中でも若手である石橋は、これほど大規模なプロジェクトの経験はない。「規模は違っても現場で小さな成功を重ねた経験があるからこそ、大規模プロジェクトに挑戦できた」と石橋は語った。「全社員、クリエーターであれ」。どんな仕事でも妥協せず挑戦し続ける。そのDNAが、日清食品にとって最大で、初の試みを形にしていった。

インタビュー中の日清食品(株)社員 藤井 威

成長し続ける工場が
100年ブランドカンパニーを実現していく。

2018年12月。クリーンなスマートファクトリーから、チキンラーメンの香りが漂いはじめた。ついに、第1期3ラインが稼働したのだ。そして2019年3月には開所を祝したセレモニーも大々的に行われた。日清食品としては過去最大の投資案件。しかし、プロジェクトの規模にしては非常に短いスケジュールで完成までこぎつけた。プロジェクトメンバーが走りながら方法論を考え、まったく新しい工場を完成させたのだ。石橋は振り返って「静岡工場から20年ぶり。この規模の新工場立ち上げに関われたことは貴重な経験です。でも、現状に満足することなく、『次世代のスタンダード』をつくっていきたいと思います」と話した。関西新工場は、2020年に全ラインが稼働する予定だ。しかし林は「工場をつくって、それで終わりではありません」と話す。スマートファクトリーが、スマートファクトリーたる所以は、完成後も蓄積したデータを分析しながら進化を続けることにある。「100年ブランドカンパニー」の実現に向けて、機械も工場も進化しつづける。そして、そこで働く社員も成長を続けていく。しかし全ての道が必ずしも、「スマート」ではないかもしれない。整備されていない道を、泥臭く、地道に歩き続けていくことも必要だ。成長し続ける工場が、「100年ブランドカンパニー」を実現していく。

チキンラーメンと日清食品(株)社員