気候変動リスクと水リスクへの対応
気候変動リスク
食を創り出す企業で構成される日清食品グループは、気候変動によって原材料価格の高騰や製造工場の被害、消費者の購買活動の変化などさまざまな影響を受けることから、気候変動を重要な経営リスクの一つとして位置付けています。
日清食品ホールディングスでは、金融安定理事会※1によって設置された「気候関連財務情報開示タスクフォース」(TCFD) が提言する「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」に関する情報開示に賛同するとともに、2019年5月に設立された「TCFDコンソーシアム※2」に参画しています。
- ※1主要国の中央銀行や金融規制当局で構成される組織
- ※2TCFDの提言内容に賛同する企業の効果的な情報開示や、開示された情報を金融機関などの適切な投資判断につなげるための取り組みについて議論する場
TCFDが提言する開示項目に対する日清食品グループの取り組み
ガバナンス | 気候変動問題は重要な経営課題であると認識し、取締役社長・CEOを委員長とする「サステナビリティ委員会」で気候変動が当社グループにもたらすリスクと機会となる要因をはじめとしたさまざまな環境課題への対応を検討しています。2019年度は、当社グループの環境戦略「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」を策定し、経営会議を経た後、取締役会に本戦略を報告しました。 |
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戦略 | 当社グループの環境戦略である「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」は、2019年度に実施した気候変動のシナリオ分析の結果をもとに、CO2排出量、水使用量、廃棄物における数値目標を掲げています。目標の達成に向けて取り組むことで気候変動リスクを低減するとともに、ビジネス機会を創出できる企業体を目指して植物性代替肉の使用推進や培養肉の開発、環境負荷の低い原材料の開発などの取り組みを進めていきます。 |
リスク管理 | 当社グループでは、取締役会の管理下に「総合リスク対策委員会」を設置し、環境リスクを含むさまざまなリスクの管理状況を把握し、企業価値の毀損を回避するよう努めています。 |
指標と目標 |
当社グループの環境戦略である「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」に、2030年までにスコープ1,2排出量を30%削減し、スコープ3排出量を15%削減する (18年度比) 目標を掲げています。
そのほか、廃棄物、原材料調達、水使用量に関する目標を掲げています。詳細は、特設ページをご覧ください。 日清食品グループ環境戦略「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」 |
気候変動のシナリオ分析
当社グループでは、事業活動に気候変動が及ぼす影響を把握するためにプロジェクトチームを立ち上げ、2017年に公表されたTCFD提言を踏まえたシナリオ分析を実施しました。
気候変動が原材料調達から工場の稼働、製品製造に及ぼす移行リスクと物理リスク※を洗い出し、事業への影響度が高い気候変動関連リスクを重点的に分析した結果、主要な原材料の調達に関わるリスクが当社グループの中長期的な成長を阻む可能性は少ないと判断しました。一方で、温室効果ガスに対する排出規制が強化され炭素税が上昇した場合、当社グループの収益に与える影響が大きくなる可能性があることが判明しました。
- ※移行リスク:炭素税の導入など低炭素経済への移行に伴って生じる変化からもたらされるリスク
物理リスク:洪水や干ばつなど自然災害等によってもたらされるリスク
気候変動が当社グループに及ぼすリスクに加え、機会となる要因を取締役社長・CEOを含めた経営層に報告するとともに、気候変動は不確実性が高いことから、科学的根拠をもとに財務に及ぼす影響を引き続き分析・評価していきます。また、当社グループの環境目標である「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」は、今回の分析結果をもとに策定しました。「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」に掲げた目標の達成に向け取り組むことで、気候変動リスクを低減し機会を創出できる企業体を目指していきます。
日清食品グループへの影響度の高い気候変動リスク
1. 原材料調達
製品に使用する主要な原材料のうち、小麦、大豆、エビ、イカについては、複数の研究機関のシミュレーションモデル※の結果を適用し、気候変動の進行に伴う収穫量や漁獲可能量の変化を原材料の主要産地 (国・地域) ごとに評価しました。このシナリオ分析には、IPCC (国連気候変動に関する政府間パネル) の温暖化の進行に関するシナリオ (RCP:代表的濃度経路) と社会経済に関するシナリオ (SSP:共通社会経済経路) を用い、TCFDが求めている2°Cシナリオを含む複数の異なる条件下で分析しました。そのほか、パーム油についても気候変動に伴う収穫量の変化を評価しました。その結果、主要な原材料の調達に関わるリスクが当社グループの中長期的な成長を阻む可能性は少ないと判断しました。
適用したシミュレーション
小麦 |
農業・食品産業技術総合研究機構“Responses of crop yield growth to global temperature and socioeconomic changes”における分析モデル USDA (米国農務省)“Climate Change and Agricultural Risk Management Into the 21st Century”における分析モデル |
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大豆 | 農業・食品産業技術総合研究機構“Responses of crop yield growth to global temperature and socioeconomic changes”における分析モデル |
エビ・イカ | FAO (国連食糧農業機関)“Projected changes in global and national potential marine fisheries catch under climate change scenarios in the twenty-first century. In: Impacts of climate change on fisheries and aquaculture, 63.”における分析モデル |
- 【小麦、大豆】
- RCP2.6 (1986~2005年を基準としておおよそ1°C前後の上昇)、RCP6.0 (おおよそ2°C前後の上昇)、RCP8.5 (おおよそ4°C前後の上昇) という3つのシナリオで、2050年および2100年までの影響を分析しました。
その結果、オーストラリアにおける小麦の2000年比面積単位収穫量はRCP2.6およびRCP6.0で増加、RCP8.5でも2050年までは増加するものの、その後、減少に転じることが予想されています。一方、アメリカ、カナダでの収穫量は、大きな変化がないと予想されています。
大豆の2000年比面積単位収穫量は、RCP2.6では増加傾向ですが、RCP6.0とRCP8.5では減少傾向となり、特にRCP8.5の2100年では大きな減少が予想されています。
小麦と大豆の単位面積当たりの収穫量の変化率 (%)
対象原料 | 原産国 | RCP2.6, SSP1 | RCP6.0, SSP2 | RCP8.5, SSP3 | |||
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2000⇒2050 | 2000⇒2100 | 2000⇒2050 | 2000⇒2100 | 2000⇒2050 | 2000⇒2100 | ||
小麦 | オーストラリア | ↑ | ↑↑ | ↑ | ↑↑ | ↑↑ | → |
アメリカ | → | → | → | → | → | → | |
カナダ | → | → | → | → | → | → | |
大豆 | アメリカ | ↑ | ↑↑↑ | → | ↓ | ↓↓ | ↓↓↓ |
+影響 | -影響 | |
50%超 | ↑↑↑ | ↓↓↓ |
25%超~50% | ↑↑ | ↓↓ |
5%超~25% | ↑ | ↓ |
±5%以内 | → |
- 【エビ、イカ】
- 2種類のシナリオでRCP2.6およびRCP8.5での2050年および2100年までの漁獲可能量の変化を評価しました。
その結果、インドにおけるエビの漁獲可能量はいずれのモデルでも減少が予想されています。また、イカについても、ペルーにおける漁獲可能量はいずれのモデルでも減少傾向と予想されています。
一方、チリについては、モデルにより減少傾向と増加傾向の違いがみられ、平均するとRCP2.6では大きな変化がありませんが、RCP8.5では増加が予想されています。
これらを踏まえて分析したところ、エビやイカなどの海産物については、漁獲可能量が減少傾向にあるものの、原材料の調達において事業に深刻な影響を与えるリスクは小さいことが判明しました。
漁獲可能量の変化率 (%)
対象原料 | 原産国 | RCP2.6 | RCP8.5 | ||
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2000⇒2050 | 2000⇒2100 | 2000⇒2050 | 2000⇒2100 | ||
エビ | インド | ↓ | ↓ | ↓ | ↓↓ |
イカ | ペルー | ↓ | ↓ | ↓ | ↓↓ |
チリ | → | → | → | ↑ |
+影響 | -影響 | |
50%超 | ↑↑↑ | ↓↓↓ |
25%超~50% | ↑↑ | ↓↓ |
5%超~25% | ↑ | ↓ |
±5%以内 | → |
- 【パーム油】
- 研究機関によるシミュレーションモデルが入手できなかったため、国際自然保護連合 (IUCN) などの報告書※とIPCCの地域別気候変動シナリオを用いて分析しました。パーム油生産量の85%をマレーシアとインドネシアが占めていることから、この2カ国の主要生産地であるマレー半島、ボルネオ島、スマトラ島を調査対象としました。
アブラヤシの生育に適した気温は、平均最高気温が30〜32°C、平均最低気温は21〜24°Cとされています。RCP2.6における評価では、最高気温、最低気温ともに育成適温の上限から0°C〜2°C程度の乖離が予想されており、パーム油の収穫量減が懸念されるものの、栽培は継続可能であることがわかりました。一方、RCP8.5における評価では、生育に適した気温から乖離していく予想となっており、パーム油の収穫量は減少していくことがわかりました。
これらの予測結果に当社グループの国・地域別のパーム油の調達比率を加えた上で、原材料の調達費をはじめとした当社グループの財務に与えるインパクトを算出していきます。
- ※IUCN, Oil palm and biodiversity, June 2018、及びSEnSOR, Potential Impacts of Climate Change on Oil Palm Cultivation, December 2017
2. 製造拠点および取引先製造工場における物理的リスク (風水害および水リスク)
洪水や高潮といった異常気象の発生と、干ばつや水ストレス (水不足) などの水リスクが当社グループの各製造拠点に与える影響を評価しました。
評価方法は、まず公開資料や外部専門家から提供された資料に基づき、洪水、高潮の発生リスクが高い拠点を特定しました。その拠点に対し、RCP2.6、RCP4.5とRCP8.5の中から2つのシナリオを適用して、災害が発生した際の被害の大きさの変化を2030年から2100年の間で拠点別に分析しました。この分析結果でリスクが高いと評価された製造拠点に対しては、さらに詳細な調査を実施するとともに、必要に応じてBCP対策を講じてリスクの低減に努めます。
一方、当社グループとの関係性が強い取引先の製造工場に対しては、工場所在地における水リスクをWBCSD Global Water Toolを用いて把握しています。分析の結果、リスクが高いと判断された工場には、工場責任者へのヒアリング、現地工場への視察といった補足的な調査を実施する体制を整備しています。
- 【洪水】
- 現在、リスクが高いとみられる製造拠点が国内に4拠点、海外に1拠点ありましたが、将来におけるリスク変化はありませんでした。
洪水リスク | 高リスクと評価した拠点数 | ||||
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評価時点 | 2050年 | 2085年 | |||
- | RCP4.5 | RCP8.5 | RCP4.5 | RCP8.5 | |
国内工場 (29拠点中) |
4拠点 | 4拠点 | 4拠点 | 4拠点 | 4拠点 |
海外工場 (23拠点中) |
1拠点 | 1拠点 | 1拠点 | 1拠点 | 1拠点 |
- 【高潮】
- 高リスクの製造拠点は国内の4拠点でした。
高潮リスク | 高リスクと評価した拠点数 | ||||
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評価時点 | 2050年 | 2100年 | |||
- | RCP2.6 | RCP8.5 | RCP2.6 | RCP8.5 | |
国内工場 (29拠点中) |
3拠点 | 4拠点 | 4拠点 | 4拠点 | 4拠点 |
海外工場 (23拠点中) |
0拠点 | 0拠点 | 0拠点 | 0拠点 | 0拠点 |
- 【干ばつ】
- 評価時点と比較して、2055年および2090年までにリスクが増大すると判明した拠点は、南米と欧州に位置する拠点でした。
干ばつリスク | 高リスクと評価した拠点数 | ||||
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評価時点 | 2055年 | 2090年 | |||
- | RCP4.5 | RCP8.5 | RCP4.5 | RCP8.5 | |
国内工場 (29拠点中) |
0拠点 | 0拠点 | 0拠点 | 0拠点 | 0拠点 |
海外工場 (23拠点中) |
2拠点 | 3拠点 | 3拠点 | 2拠点 | 3拠点 |
- 【水ストレス (水不足)】
- Aqueduct Water Risk Atlasの水ストレスの将来予測 (2030年、2040年) を用いて、国内外の製造拠点の水リスクを確認した結果、リスクが最も高い拠点は国内では4拠点、海外では8拠点あることが判明しました。該当する地域の物理的リスク、規制リスク、レピュテーション (企業評判・評価) リスクを洗い出し、各リスクに対する防止策を実施することで、工場稼働に必要な水の質・量の確保に努めています。また、製造工場では日頃から製品製造の工程に必要な水使用量を削減することに加え、冷却に使用した水を設備の清掃に利用するといった水の再利用にも取り組んでいます。
水ストレス | 高リスクと評価した拠点数 | ||||
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評価時点 | 2030年 | 2040年 | |||
- | RCP4.5 | RCP8.5 | RCP4.5 | RCP8.5 | |
国内工場 (29拠点中) |
0拠点 | 4拠点 | 4拠点 | 4拠点 | 1拠点 |
海外工場 (23拠点中) |
5拠点 | 8拠点 | 8拠点 | 8拠点 | 8拠点 |
3. カーボンプライシング
当社グループの2050年までのCO2総排出量の推移予測とIEA WEO2019の「Sustainable Developmentシナリオ」による炭素価格の将来予測を活用し、炭素税や排出量取引制度が当社グループに及ぼす影響額を試算しました。当社グループは、Science Based Targets (SBT) に合致した2030年までの温室効果ガス排出削減目標を環境戦略「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」の中に策定しています。このSBT目標達成に取り組むことで、2030年では年間約11億円、2040年では年間約32億円を削減できる可能性があります。ただし、カーボンプライシングについては、各国の政策によって大きく影響を受けるため、今後も最新の情報をもとに定期的に試算していきます。
影響試算額
2030年 | 2040年 | 2050年 | |
SBT目標WB2°C (世界の気温上昇を産業⾰命前より2°Cを⼗分に下回る⽔準) に向け、取り組まなかった場合 |
3,747 34,068 |
5,886 53,513 |
7,323 66,576 |
SBT目標WB2°Cを達成した場合 |
2,623 23,847 |
2,649 24,081 |
1,465 13,315 |
差額 |
1,124 10,221 |
3,237 29,432 |
5,858 53,261 |
気候変動による機会

当社グループは、気候変動によって販売機会の増加を見込むことができます。自然災害への備蓄品としての購入、またエシカル消費者の拡大により環境に配慮した製品の購入が増えると予測しています。消費者の環境意識が高まっている中、環境問題に積極的に取り組む姿勢が企業ブランドの向上にも販売機会にもつながります。
とくに近年、台風や洪水といった大規模な自然災害が各国で発生しています。当社グループの主力製品であるインスタントラーメンは長期保存することができ、災害時でも手軽に温かい食事をとれることから、防災備蓄食品として有効であり、販売機会の増加を見込むことができます。
また、2019年9月に発売した「カップヌードル ローリングストックセット」は、インスタントラーメンをより簡単に備蓄していただけるよう、3日分 (9食) の食料とカセットコンロ、水、ソーラーライトなどが入ったセットです。サブスクリプションサービスにより、3カ月ごとに自動的に入れ替え用の製品をお届けするため、賞味期限を気にしたり、買い替えたりする必要がなく、日常的に消費しながら常に一定量の食品を備蓄していただけます。