日清食品グループは、原材料調達をはじめとする事業活動が、健やかな土壌や豊富な地表水・地下水などの自然の恩恵に大きく依存していることを認識しています。これらは生物多様性によって支えられており、中長期的に事業を存続させるためには、「生物多様性の保全と回復」と「ビジネスの発展」の両立が不可欠です。そこで、当社グループは経営会議による承認のもと「日清食品グループ生物多様性方針」を策定しました。
さらに、森林破壊などによる自然や生物多様性の減少をプラスに回復させる「ネイチャーポジティブ」に向けた活動を推進し、2050年までにCO2の排出量と吸収量を“プラスマイナスゼロ”にする「カーボンニュートラル」の達成を目指しています。「ネイチャーポジティブ」の推進と「カーボンニュートラル」の達成に向けた各施策は、それぞれ相乗効果を生むように設計しています。
日清食品グループの事業活動が生物多様性に与える影響を把握するため、当社は2023年に、TNFD※1が発表した「TNFD自然関連リスクと機会管理・情報開示フレームワークベータ版v0.3」を参考に、LEAPアプローチ※2を用いた自然関連リスク・機会評価をトライアルで実施し、その結果を開示しました。2024年には、評価対象とする調達品目 (原材料) の見直しを行ったうえで、「TNFD最終提言 v1.0」の開示推奨項目に基づき、より詳しい自然関連リスク・機会評価を実施しました。
日清食品グループは、自然や金融などの専門性を有する企業・団体などが参画し、TNFDによる枠組み構築をサポートするネットワークである「TNFDフォーラム」に参画しています。2023年12月には、TNFDに対応した情報開示を促進する企業として「TNFD Adopter※」に登録しました。
当社グループでは、代表取締役社長・CEOを委員長とする「サステナビリティ委員会」を設置しています。事務局は経営企画部、サステナビリティ推進部、広報部が担い、委員会の傘下にはテーマごとにワーキンググループを設け、各グループに関係部署が参画しています。委員会は、自然関連のリスク・機会を含め、サステナビリティに関するさまざまな課題への対応方針や施策の検討を行い、その活動内容を、サステナビリティ委員長および取締役会へ定期的に報告しています。
また、環境戦略「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」で定める重要な非財務目標について経営会議で年に1回以上審議・決議し、取締役会へ付議・報告しています。取締役会は、気候変動や生物多様性などの環境課題、栄養不良の二重負荷をはじめとした健康・栄養課題に対する業務の執行を監督し、サステナビリティに関する基本方針や重要事項を審議し、決議を行っています。
サステナビリティガバナンス - 体制「サステナビリティ・アドバイザリーボード」は、サステナビリティに関わるグローバルな動向を把握し、社内の推進体制強化を目的とした取締役会の諮問機関です。社外有識者の提言を受けながら、当社グループが取り組むべきサステナビリティに関する課題を年に2回議論し 、取締役会に対して年に2回以上、諮問や提言を行っています。
2025年1月に開催したアドバイザリーボードでは、社外有識者 (久保田 康裕氏/株式会社シンク・ネイチャー代表取締役CEO、琉球大学教授) を招き、TNFD提言に基づく自然関連リスク・機会評価の結果について当社グループCEOをはじめとする経営層へ報告し、今後の課題および当社グループが取り組むべき事項について議論しました。とりわけ今回の評価結果から、気候変動や生物多様性の損失に伴い2050年にはパーム油収量の低下や病害増加といった自然関連リスクの発生が予測されること、その一方で、再生農業の実践や病気対策の実施を支援することで、パーム油収量の維持と生物多様性保全の双方に配慮した事業活動の実施が可能であることなどが提言されました。なお、本アドバイザリーボードで議論した内容は、取締役会にも報告しています。
サステナビリティガバナンス - 「サステナビリティ・アドバイザリーボード」当社グループは、創業者精神の一つである「食為聖職」 (食の仕事は聖職であり、人々の健康と世界の平和に貢献していかなければならない) のもと、当社グループの事業活動が影響を及ぼすすべての人の権利を尊重しています。「日清食品グループ人権方針」は、当社グループの事業活動における人権尊重への取り組みに関するすべての規範に適応され、サプライヤー・あらゆるビジネスパートナーにおいて人権への負の影響が引き起こされている場合には、適用される法・規制すべてを遵守し、国際基準およびベストプラクティスをとるよう努めることを掲げています。
また「日清食品グループ 持続可能な調達方針」では、原材料の調達を通じて影響を受ける可能性のあるステークホルダーに対して、人権の尊重と労働安全衛生への配慮に関する事項を定め、先住民族および地域住民の権利の尊重に関しては、FPIC (Free, Prior, Informed Consent =自由意志に基づく事前の十分な情報を与えられた上での合意) の尊重を明記しています。
当社グループでは、人権に配慮した事業活動を推進するため、人権デューデリジェンスを実施しています。国連が策定した「ビジネスと人権に関する指導原則」の手順に従い、「人権への負の影響評価および課題の特定」「適切な措置の実施」「モニタリング・追跡評価」「情報開示」に取り組んでいます。
サプライチェーンの中でも、特にパーム油生産農家 (小規模農園) に関連する人権・環境課題を最優先課題と位置づけ、油脂加工メーカーとのエンゲージメント構築に加え、サプライチェーンの上流に位置する搾油工場 (ミル) やパーム農園に対する包括的な支援の必要性を認識しています。当社グループのサプライチェーン上つながりのあるパーム油小規模農家に対しては、外部の専門家および現地の小規模農家組合の協力を得ながら、アンケートやダイアログなどを通じた現地調査を順次行い、生産地の環境や労働者の人権に対する影響を定期的にモニタリングしています。
パーム油調達食品の製造・販売を主要事業とする当社グループの事業活動が、特に原材料の調達活動を通じて自然資源に依存し、生物多様性にさまざまな影響を与えている点を考慮し、当社グループのバリューチェーンのうち原材料の調達を評価対象としました。
当社グループが調達する主要原材料9品目 (パーム油、大豆、カカオ、米、小麦、木材パルプ、エビ、イカ、すり身魚) を対象に、生物多様性に関する各種指標を総合的に評価し、LEAPアプローチにおける「Locate」以降の分析を実施する品目を選定しました。評価指標の詳細は以下1~4の通りです。評価結果において、生物多様性の観点 (「生物多様性重要度」および「生物多様性損失度」) からは「パーム油」「カカオ」「エビ」が、土地利用の観点 (「生産に必要な面積」) からは「小麦」が、より重要な課題であると判断しました。
1. 生物多様性重要度 (BI:Biodiversity Importance) |
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原材料を生産、捕獲する地域の生物多様性の重要度。生物群ごとの分布と希少性を基に、保全すべき優先地域を順位付けしたもの |
2. 生産に必要な面積 (Area) |
農林産物、漁獲物などの原材料の生産に必要な面積。FAO※の地域別の生産面積 (ha) と生産量 (ton) の関係から、収率 (ton/ha) を求め、当社グループの生産量 (ton) とかけあわせて算出
|
3. 生物多様性損失度 (MSA:Mean Species Abundance) |
原材料を生産、捕獲することによって、原生自然に対して生物多様性が損失する割合 生物多様性へのインパクト指標 |
4. 生物多様性影響指標 (BIM:Biodiversity Impact Metric) ※ |
生物多様性重要度 (BI) × 生産に必要な面積 (Area) × 生物多様性損失度 (MSA)で表される数値
|
対象4品目の優先地域および自然への依存・インパクトの概要
絞り込んだ対象4品目 (パーム油、カカオ、小麦、エビ) のうち、陸域の原材料3品目 (パーム油、カカオ、小麦) について、ENCORE※1と150種以上の自然資本関連のビッグデータ (炭素貯留量データやハチ種数データなど) を組み合わせることで、調達地の地理的特性を加味しつつ、自然への依存・インパクト (依存している生態系サービス※2と、インパクトの原因であるインパクトドライバー※3) を定性的に評価しました。海域の原材料 (エビ) については得られる情報が乏しいため、漁獲量などの推移を事業継続性に係る主要な確認項目としつつ、調達地周辺で懸念される依存とインパクトを関連する論文に基づいて整理しました。
なお、パーム油については当社国内グループ会社および米国日清・ハンガリー日清、その他3品目(カカオ、小麦、エビ) については国内グループ会社の調達データを対象に分析しました。
陸域の原材料3品目 (パーム油、カカオ、小麦) における自然関連のインパクトについては、インパクトの原因であるインパクトドライバーに関する定性評価に加え、インパクトドライバーによる生物多様性への影響を「生物多様性損失度」により定量評価しました。このとき、さまざまな地域で調査された63本の論文 (パーム油: 22論文、カカオ: 31論文、小麦: 10論文) のデータを基に、原材料の生産によって生じる各地点の「生物多様性損失度」を抽出し、生物の生息を規定する主要な要因となる降水量との関係を探りました。
表1 対象3品目 (陸域) の優先地域における自然関連の依存とインパクトの評価結果
陸域の原材料3品目 (パーム油、カカオ、小麦) における生物多様性へのインパクトの定量評価は、図2の通りです。さまざまな変数 (年降水量を含む気候、土地利用、土壌変数、生物種数) と生物多様性へのインパクトとの関係を解析した結果、いずれの原材料についても、年降水量が多い地域ほど、生物多様性へのインパクトが大きいことが分かりました。詳細なメカニズムを断定することはできませんが、降水量が多い地域で森林を伐採し農地にすると、湿潤な森林から乾燥した農地へと環境が大きく変化するため、生物多様性が大きく減少すると考えられます。そのため、調達地を評価する際には年降水量や生物多様性へのインパクトに留意する必要があることが示唆されます。
図2 陸域の原材料3品目における生物多様性へのインパクトの定量評価結果
自然関連の依存とインパクトの度合いが大きく、かつ事業における重要性も大きいパーム油について、シナリオ分析を通じ、リスクと機会を検討しました。シナリオ分析の対象地域は、生物多様性および調達量の観点から総合的に勘案し、マレーシア・サバ州とインドネシア・リアウ州としています。
分析の結果、自然への依存 (特に「Disease control」) に関連し、将来的にマレーシア・サバ州とインドネシア・リアウ州ともに、気温上昇やパーム植林の病気拡大、その他の要因が複合的に寄与し、収量が大きく減少する可能性があることが分かりました (表3)。また、自然へのインパクト (特に「Land use」) に関連し、このまま対策をせずにパーム植林を拡大した場合、土地利用の転換 (森林・泥炭地から農地) を通じて、2070年までに生物多様性が大きく損失する可能性があることが示されました。
表3 パーム油における依存、インパクト、リスク、機会の概要
依存の概要 | 依存している生態系サービス | 物理リスク | 機会 |
---|---|---|---|
生物多様性が保たれた森林では根腐れ病などの病気が蔓延しにくいが、プランテーション作物のみの単一樹種栽培地においては病気が蔓延しやすい |
Disease control (生態系による動植物や人類における疫病の制御) | マレーシア・サバ州、インドネシア・リアウ州ともに、将来的な気温上昇やパーム植林における病気拡大、その他の要因が複合的に寄与し、収量が大きく減少する可能性 |
|
インパクトの概要 | インパクトドライバー | 移行リスク※ | 機会 |
---|---|---|---|
現状のまま対策をせずにパーム植林を拡大した場合、土地利用の転換 (森林・泥炭地から農地) を通じて、2070年までに生物多様性が大きく喪失する |
Land use (陸上生態系の利用) |
| 今後のパーム植林を、他の作物も取り入れたすじ植え方式で栽培する場合、現状維持と比較し、2070年までに生物多様性の回復幅が拡大する可能性あり |
表3 パーム油における依存、インパクト、リスク、機会の概要
依存の概要 |
---|
生物多様性が保たれた森林では根腐れ病などの病気が蔓延しにくいが、プランテーション作物のみの単一樹種栽培地においては病気が蔓延しやすい |
依存している生態系サービス |
Disease control (生態系による動植物や人類における疫病の制御) |
物理リスク |
マレーシア・サバ州、インドネシア・リアウ州ともに、将来的な気温上昇やパーム植林における病気拡大、その他の要因が複合的に寄与し、収量が大きく減少する可能性 |
機会 |
|
インパクトの概要 |
---|
現状のまま対策をせずにパーム植林を拡大した場合、土地利用の転換 (森林・泥炭地から農地) を通じて、2070年までに生物多様性が大きく喪失する |
インパクトドライバー |
Land use (陸上生態系の利用) |
移行リスク※ |
|
機会 |
今後のパーム植林を、他の作物も取り入れたすじ植え方式で栽培する場合、現状維持と比較し、2070年までに生物多様性の回復幅が拡大する可能性あり |
これら自然関連の依存、インパクト、リスクと機会が、当社グループのビジネスモデルやバリューチェーン、戦略、財務計画に与えるインパクト、および移行計画や分析については、今後検討を進めていく予定です。自然関連リスク・機会の財務的インパクトの算定に加えて、特定した自然関連リスク・機会への対応策をAR3T※などの国際的なフレームワークに沿って体系的に整理し、ネイチャーポジティブを目指した移行計画を策定することなどが、今後必要なステップであると認識しています。
【戦略A/B】にも記載の通り、まず、自然関連の依存・インパクトの度合いや、事業における重要性が大きいパーム油を対象にシナリオ分析を行い、リスク・機会と今後のアクションを検討しました。次に、当社グループに関係のある自然へのインパクトドライバーおよび依存が、地域の生物多様性や当社の事業継続性にどのような影響を与えるかを把握するために、複数のシナリオにおける生物多様性指標とパーム油収量の時系列変化を調査しました。
今回は「2000年代~24年まで」のデータを使って、2030年および2070年までの推移を予測しました。対象地域は、生物多様性および調達量の観点から総合的に勘案し、マレーシア・サバ州 (100km四方)とインドネシア・リアウ州周辺 (100 km四方) の二地域を選定しました。評価にあたり、生物多様性指標とパーム油収量の両指標にとって重要な規定要因であり、TCFDにおける気候変動シナリオとも整合する「気候シナリオ (Business As Usual: RCP2.6およびRCP8.5)」と、自然関連の重要なリスク・機会へのアクションの有効性を検討するための「アクションシナリオ (生物多様性に配慮したパーム栽培を実施するシナリオ)」を検討しました。
シナリオ分析の結果は表4 (シナリオ分析結果サマリー) および図5 (シナリオ分析結果における因果関係図) の通りです。
表4 シナリオ分析結果サマリー
項目 | マレーシア・サバ州 | インドネシア・リアウ州 | |
---|---|---|---|
気温上昇 | RCP 8.5では2050年までに27.5℃を超える | ||
気温変動幅 | 1℃未満に収まりつつも上昇傾向 | ||
収量予測 | RCP 2.6 | 大きな減少なし | |
RCP 8.5 |
2050年:微減 2070年:30%減 |
2050年:25%減 2070年:40%減 | |
樹齢の増加 | 若齢林は減少傾向 | 7~15齢が最大値、若齢林も多い | |
パーム植林の拡大 |
2015年までに急激に拡大 これ以上の拡大余地は小さい |
現在も急拡大中で 2030年頃までは拡大が続くと予測 | |
病気罹患率 | 指数関数的に上昇する可能性 | 2030年以降に指数関数的に上昇 | |
生物多様性 | 生物種75%減 | 生物種65%減 |
図5 シナリオ分析結果における因果関係図
図5 (シナリオ分析結果における因果関係図) は、「外的要因」や「当社グループにおける自然への依存・インパクトドライバー」、およびそのインパクトドライバーに起因する「生物多様性への影響」、依存に起因する「事業への影響 (リスク)」、関連する「自然への影響 (機会)」と「アクション」について、それぞれの因果関係を矢印で示し、その因果関係の作用の方向が正か負かを丸で囲んだ矢印で示しています。
図6 (年平均気温とパーム油収量の関係) および 図7 (IPCCの気温予測:RCP2.6およびRCP8.5を踏まえたパーム油収量予測) は気温上昇とパーム油収量の関係を表しており、年平均気温27.5℃をピークとして収量が著しく減少することが分かりました。この気温と収量の関係に気候変動シナリオを当てはめると、RCP2.6シナリオではサバ州、リアウ州ともに大きな収量減少は想定されない一方で、RCP8.5シナリオではサバ州は2050年においては微減であるものの、2070年には約30%の減少が想定され、リアウ州はRCP比で2050年に約25%の減少、2070年に約40%の減少が想定されます。
図6 年平均気温とパーム油収量の関係
図7 IPCCの気温予測 (RCP2.6およびRCP8.5) を踏まえたパーム油収量予測
表8 シナリオ毎の年別想定気温
地域 | シナリオタイプ | 気温 (℃) | |
---|---|---|---|
2050年 | 2070年 | ||
サバ州 | RCP 2.6 | 26.27 | 26.24 |
RCP 8.5 | 27.65 | 28.66 | |
リアウ州 | RCP 2.6 | 26.39 | 26.34 |
RCP 8.5 | 27.72 | 28.72 |
図9 (パームの樹齢とパーム油収量の関係) は、パームの樹齢とパーム油収量の関係を表しており、樹齢9年まではパームの成長とともに直線的に収量が増加する一方、樹齢10年以上で収量は横ばいとなり、樹齢18年以上では収量は減少に転じています。
図9 パームの樹齢とパーム油収量の関係
図10 (現在のパーム植林の樹齢分布) では、サバ州とリアウ州のパーム植林の樹齢の特徴を表しており、2023年時点でサバ州は樹齢20年以上の老齢林が多く、リアウ州は樹齢10年以下の若齢林が多くなっています。
図10 現在のパーム植林の樹齢分布
図11 (パームの樹齢と基部幹腐病罹患率の関係) と図12 (基部幹腐病罹患率の推移 – 地域別) は、パームの樹齢と病気罹患率の関係を表しており、パームの樹齢が上がるにつれて基部幹腐病に罹患する確率が高くなっていることが分かります。サバ州では、因果関係❷で示されるように、樹齢20年以上の老齢林が多いため、将来の基部幹腐病罹患率が指数関数的に上昇する可能性があります。これに対しリアウ州では、新たなパーム植林が拡大し、若齢樹も多いため、病気の罹患率はサバ州と比べると増加率が低いと予測されました。 また、図11に示されるように、パームの植え替えを繰り返し行うことで病気罹患率が上昇することも予測されました。
図11 パームの樹齢と基部幹腐病罹患率の関係
図12 基部幹腐病罹患率の推移 – 地域別
図13 (樹齢と基部幹腐病罹患率を考慮した時のパーム油収量の推移) は、パームにおける樹齢および病気罹患率、収量の関係を表しています。サバ州では、病気の拡大を考慮すると、分析対象地域では2015年をピークに収量が減少、さらにその後パーム植林の若齢化に伴い、収量の大幅な減少 (約40%) が推測されます。サバ州と比べ若齢樹が多いリアウ州でも、2030年以降は徐々に収量が減少する可能性が高いとみられます。
図13 樹齢と基部幹腐病罹患率を考慮した時のパーム油収量の推移
図14 (基部幹腐病罹患率、気候変動を考慮した時のパーム油収量の推移) は、パームにおける病気罹患率と気温上昇、収量の関係を表しています。サバ州では、パームの植え替えによる収量の激減は避けられないうえ、収量が安定してくる「樹齢10年程度」に成長する2040年以降も、植え替え回数が増加すると連作障害により病気罹患率も高まるため、収量が急激に減少し最盛期の半分程度になると予測されます。リアウ州では2030年前後まで生産規模の拡大が続き、その後は減少局面になるとみられます。RCP2.6シナリオにおける減少勾配は緩やかで、2050年頃までは同水準を維持することが予想されます。
図14 基部幹腐病罹患率、気候変動を考慮した時のパーム油収量の推移
図15 (気候変動および病気への対策を講じた場合の収量の推移) は、病気罹患率上昇によるパーム油収量減少に対するアクションとして、病気への対策の効果を示しています。病気への対策を、パーム植林全体の50%の面積に限定して実施した場合であっても、同90%の面積で実施した場合と近い効果が得られることが分かりました。その効果を地域別に見た場合、サバ州では収量の増加も期待され、リアウ州では収量の低減が抑えられます。
図15 気候変動および病気への対策を講じた場合の収量の推移 (RCP2.6ベース)
図16 (対象地域全体での生物多様性の変動推定) は、土地利用の変化、つまりパーム植林の拡大による生物多様性への負の影響を示しています。推定にあたり、文献などの情報を基に「1992年から2023年にかけて、パーム植林では生物種数が約75%減少、その他の農地では約20%減少、緑の多い市街地では約30%減少、一度破壊された後に自然回復した二次林では約3%減少している」と仮定しました。これらの土地利用別の生物種数減少率を、サバ州とリアウ州の対象地域 (200km四方) の土地利用に当てはめることで、対象地域全体の生物多様性がどれくらい減少したのかを推定しました。
対象地域では、パーム植林が拡大し始める1992年以前では90%以上の生物多様性が維持されていたにもかかわらず、パーム植林の拡大に伴い、2023年ではサバ州で約85%まで、リアウ州では約65%まで生物多様性が減少していることが推察されます。
図16 対象地域全体での生物多様性の変動推定
図17 (パーム栽培方法の見直しによる生物多様性への影響予測) は、パーム植林の拡大による生物多様性への負の影響 (❼ ) に対するアクションとして、パームの栽培方法の見直しを実施した場合の生物多様性への正の影響を示しています。今後新たに植栽されるすべてのパーム植林をすじ植え方式で栽培することでパーム植林内の生物多様性が30%増加すると仮定し、今後の生物多様性の変動を予測しました。
図17 パーム栽培方法の見直しによる生物多様性への影響予測
サバ州は、さらなる開発の余地が残っていないほどパーム植林の開発が進んでおり、その急激なパーム植林の増加傾向から、今後一斉に植え替え時期を迎えることによる収量減や病気の拡大が懸念されます。そのためサバ州においては、植え替えの際にすじ植え方式栽培を採用するなど、パーム植林内の生物多様性の向上を目指すことが重要であると考えられます。
リアウ州は現在も森林伐採が増加しており、特に生物多様性が高い沿岸の泥炭地におけるパーム栽培は、海面上昇による高潮被害リスクがあり、病害の発生率も高い地域です。そのためリアウ州においては、パーム植林内の生物多様性を向上させるよりも、新たな森林伐採、特に違法伐採を拡大させないことが生物多様性の保全上重要であると考えられます。
TNFD提言における優先地域とは、マテリアルな地域 (企業にとって重要な自然関連の依存、インパクト、リスク、機会を特定した地域) または、要注意地域 (生物多様性にとって重要な地域、生態系の完全性が高い地域などと接する地域) のいずれかの地域であると定義されます。
戦略Aにも記載の通り、評価対象として選定した原材料4品目 (パーム油、カカオ、小麦、エビ) の優先地域の特定にあたっては、マテリアルな地域の主要指標として「当該原材料の調達に必要な生産面積」を、要注意地域の主要指標として「生物多様性重要度※」と「生態系の完全性」を採用し、3つの指標を総合的に考慮しました。
またパーム油については、他3品目と異なり、サプライチェーンの上流に位置する搾油工場 (ミル) までのトレーサビリティの確保が進んでいるため、ミルレベル (ミルを中心とした半径50km圏内) での分析も実施しました。
図18 原材料4品目の優先地域 (代表地点)
当社グループが調達していると考えられるサプライヤーの名称や所在地 (位置情報) を集約したミルリストをもとに、ミルが所在する周辺50kmの陸域を対象に「生物多様性重要度」を確認しました。いずれの地域も高い水準にあることが分かり、ボルネオ島北部のサバ州、マレー半島南部 (マレーシア・ジョホール州など)、スマトラ島が特に高いことが分かりました。
図19 マレーシアおよびインドネシアにおける生物多様性重要度
「リスクとインパクトの管理A」については、「(ⅰ) 直接操業」および「(ⅱ) 上流と下流のバリューチェーン」を対象に、「自然関連の依存、インパクト、リスクと機会を特定し、評価し、優先順位付けするための組織のプロセスを説明すること」がTNFDの開示提言となっています。今回当社では、「(ⅱ) 上流と下流のバリューチェーン」を分析・評価、および開示の対象としました。
まず、原材料4品目 (パーム油、カカオ、小麦、エビ) における優先地域を特定し、生物多様性への影響を定量的に評価しました。また、原材料4品目に対して調達量、社会的関心度の高さ、GHG (温室効果ガス) 排出量に占める割合、生態系への負の影響の懸念などを考慮し、シナリオ分析を行う品目と地域を決定しました。その結果、パーム油調達地域のうち、マレーシア・サバ州とインドネシア・リアウ州を定量的なシナリオ分析を行う対象地域として選定しました。
気候変動シナリオ分析に基づき、2030年~70年の平均気温上昇によるサバ州とリアウ州におけるパーム油収量の長期変化、パーム植林の樹齢増加に伴う病気罹患率リスクの発生時期といった転換点の将来予測を行い、その影響の定量評価と対応策の検討を行いました。
自然関連のリスク・インパクトへの対応策は、当社グループの環境戦略「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」や「カーボンニュートラル」「ネイチャーポジティブ」の達成に向けたさまざまな戦略と整合性を図りながら、日清食品ホールディングスのサステナビリティ委員会が主管となって今後も検討していきます。また、自然関連のリスク・インパクトの評価は、当社グループの全体的なリスクマネジメント・プロセスの一環として今後も継続的に実施する予定です。
またガバナンス【A/B】に記載の通り、2025年1月に開催した「サステナビリティ・アドバイザリーボード」では、外部有識者 (久保田 康裕氏/株式会社シンク・ネイチャー代表取締役CEO、琉球大学教授) を招き、TNFD提言に基づく自然関連のリスク、機会の分析結果について当社グループCEOをはじめとする経営層へ報告し、今後の課題および当社グループが取り組むべき事項について議論しました。
自然関連の依存とインパクトの度合いが大きく、かつ事業における重要性も大きい「パーム油」については、環境戦略「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」において「持続可能であると判断できるパーム油調達の比率を2030年度までにグループ全体で100%」にすることを目標に掲げており、できる限り早期に達成できるよう取り組んでいます。また、国内即席めん事業については、「持続可能であると判断できるパーム油調達の比率を2025年度までに100%」にすることを目標に掲げています。
さらに、2022年5月にはNDPE※1方針を含む「持続可能なパーム油調達コミットメント」の遵守に向けた取り組み指針を策定しました。加えて、搾油工場 (ミル) のトレーサビリティ向上を目指し、ミルリストを公開しています。今後は、トレーサビリティ確保の範囲をパーム農園まで拡大するほか、森林・泥炭地破壊のリスクが高い地域を中心とした森林フットプリント※2の導入を目指していきます。
TNFDの開示提言における、戦略B「自然関連の依存、インパクト、リスクと機会が、当社グループのビジネスモデルやバリューチェーン、戦略、財務計画に与えるインパクト、および移行計画や分析」については、今後検討する予定です。
対象とする調達地域をより細かい単位で把握し、それぞれの原材料に合わせた指標で定量評価をする必要があります。
戦略Aに記載の通り、「短期・中期・長期にわたって特定した、自然関連の依存、インパクト、リスク、機会」に関して、当社グループが調達する主要原材料9品目 (パーム油、大豆、カカオ、米、小麦、木材パルプ、エビ、イカ、すり身魚) を対象に、各種指標を総合的に評価し、「Locate」以降の分析を行う4品目 (パーム油、カカオ、小麦、エビ) を選定しています。また、分析対象4品目における自然への依存、インパクトについて定性的に評価を実施しています。
パーム油およびカカオに関しては、「依存」のカテゴリーでは「Disease control (病気の制御)」が、「インパクト」のカテゴリーでは「Land use (陸上生態系の利用)」と「Soil pollutants (土壌汚染物質)」が高く出る結果となりました。
エビに関しては、「Marine Ecosystem use (海洋生態系の利用)」による「インパクト」が最も重要である可能性があることが分かりました。「依存」のカテゴリーについては、ENCOREにおける「Fibres and other materials (木材、繊維などに直接使用・加工使用されている植物や動物などから採れる素材)」が重要である可能性があります。
当社グループは、生物多様性に関連する目標として「持続可能であると判断できるパーム油調達の比率を2030年度までにグループ全体で100%」にすることを掲げており、できる限り早期に達成できるよう取り組んでいます。また、国内即席めん事業については、「持続可能であると判断できるパーム油調達の比率を2025年度までに100%」にすることを目標としています。本目標に関する進捗については、当社グループのウェブサイトの「持続可能な調達」に詳しく開示しています。
また当社グループは、NDPE方針を含む「持続可能なパーム油調達コミットメント」を遵守するために、油脂加工メーカーとのエンゲージメント構築に加え、サプライチェーンの上流に位置する搾油工場 (ミル) やパーム農園に対する包括的な支援の実施を検討しています。現在、ミルのトレーサビリティ確保や衛星モニタリングツールを活用した森林破壊リスクの分析などを中心に行っており、リスクが高いと判断されたミルについては、購入元の油脂加工メーカーと事実関係を確認し、状況改善に向けた対応策を検討しています。リスクが高いミル周辺のパーム農園に対しては、外部の専門家とともにアンケートやダイアログを通じた現地調査を順次行い、生産地の環境や労働者の人権に対する影響を詳細にモニタリングしています。より詳しい取り組み内容および進捗については、当社グループのウェブサイトの「持続可能な調達」にて開示しています。
今後、TNFD提言に沿った自然関連の依存、インパクト、リスク、機会の評価をさらに深めつつ、国際的な動向なども踏まえ、さらなる目標の設定や取り組みの開示が必要であると認識しており、対応を進めていきます。
適切に管理されていない森林は、CO2の吸収力低下や土砂災害、風雪災害の要因になるほか、生態系にも影響を及ぼします。東京都八王子市にある当社グループの技術・開発・研究の拠点「the
WAVE」では、2016年から年に1回、NPO法人「緑サポート八王子」と東京都環境局職員による協力のもと、近隣の緑地保全地域で社員とその家族による森林整備活動を実施しています。
この活動では、苗木の成長を促進させるための下草刈りや森林内に日光を入れるための間伐作業などのほか、子ども向けの工作体験、シイタケの植菌といった、参加者に森の恵みを体感してもらう時間も設けています。これまでに社員とその家族の合計88名が参加しました。
長野県小諸市では、115種のチョウ類が確認されており※1、浅間高原には長野県の天然記念物に指定されているミヤマモンキチョウ、ミヤマシロチョウなど、希少な種類が生息、生育しています。しかしながら、長野県内には絶滅の危機にある昆虫が多く、保全に向けた取り組みが求められています。
当社グループでは、長野県小諸市にある「安藤百福記念 自然体験活動指導者養成センター
(略称:安藤百福センター)」の敷地内にビオトープ※2を造成することで、この地域において絶滅の危機にある希少な昆虫の保全につなげています。
また、生物多様性への関心を高めるため、ビオトープにやってきた昆虫の写真を一般の方から募集し、それをまとめた昆虫100種のデジタル図鑑を制作しました。こうした取り組みが評価され、国連生物多様性の10年日本委員会
(UNDB-J) が主催する「生物多様性アクション大賞2018」を受賞したほか、公益財団法人
日本自然保護協会が主催する「日本自然保護大賞」に2年連続で入選しました
(2018年、2019年)。
実施日 | 参加者数 | 活動内容 | |
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2017 | 11月10日~12日 | グループ社員23名、地元ボランティア6名 |
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2018 | 5月11日~12日 | グループ社員15名、一般参加者計339名 |
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11月3日 | グループ社員14名 |
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2019 | 3月 |
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5月〜7月 |
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