日清食品グループ

リセット

安藤百福の思い

人や社会に役立つことは何かを考え続け、人々の食を満たすことで社会に貢献しようとインスタントラーメンを生み出した日清食品の創業者・安藤百福。彼が遺した思いを、日清食品グループはこれからも大切に受け継ぎながら、活動を続けていきます。

「何か人の役に立つことはないか」
「世の中を明るくする仕事はないか」

1958年に世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を発明した安藤百福は、22歳の若さで独立して以来「何か人の役に立つことはないか」「世の中を明るくする仕事はないか」という確固たる信念のもとに、さまざまな事業を行いました。
また、終戦後に飢えで苦しむ人々が街にあふれる光景を目にして、「やっぱり食が大事。食がなければ、衣も住も、芸術も文化もあったものではない」と、「食」の大切さを痛感したのでした。

「この行列に大きな需要が隠されている」
「開発にあたって掲げた5つの目標」

インスタントラーメン発明のきっかけになったのも、終戦直後に大阪駅近くの闇市で目にした、1杯のラーメンを食べるために並ぶ人々の長い行列でした。安藤は、日本人が麺類好きであること、そしてこの行列に大きな需要が隠されていることを感じとり、のちにインスタントラーメンの開発を決意します。
安藤は開発にあたって、5つの目標を立てました。おいしくて飽きのこない味、家庭の台所に常備できる保存性がある、調理に手間がかからない、そして値段が安く、安全で衛生的であること。
こうして生まれたインスタントラーメンは当時の常識では考えられない食品として「魔法のラーメン」と呼ばれるほどの大ヒット商品となり、世界の食文化をも変えていきました。

「二度と同じ思いをさせたくない」

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災。戦後の焼け跡の光景が脳裏によぎり、「この後に必ず飢餓的状況がくるぞ」と直感した安藤は、社員による救援隊を組み、給湯機能付きのキッチンカーを避難所に向かわせました。
救援隊は避難所に向かう道中から被災者に温かいラーメンを作り、避難所でも約1,000人の被災者にチキンラーメンを配給しました。戦中戦後に飢餓状態を経験した安藤の「二度と同じ思いをさせたくない」という願いが、そこにはあったのです。

「安藤百福の精神を受け継ぐ」

日清食品グループは、創業者・安藤百福の精神を受け継ぎ、さまざまな社会貢献活動や支援活動を続けています。
たとえば、2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震などの大規模な災害発生時に、キッチンカーを各地に派遣してきました。また、国や地方自治体からの要望に応え、これまで360万食以上のインスタントラーメンを支援物資として提供してきたほか、海外でも世界ラーメン協会 (WINA) を通じた災害時の食料支援や、国連WFPを通じた飢餓撲滅への取り組みを行っています。
さらに、社会貢献活動「百福士プロジェクト」の一環として災害時を想定した取組みも行っています。周りの人を助けられる知識と心構え、食料支援のスキルを持った社員を養成する「もしもの時の日清メン 養成プロジェクト」、子どもたちに役立つサバイバル術やインスタントラーメンの有用性を学んでもらう「備えて安心! チキンラーメンサバイバル術プロジェクト」や、「ローリングストック」の認知向上を図り、消費者に実践を促す「もしものときに、いつものおいしさを災害備蓄・ローリングストッカーズ」など、多様な活動を展開しています。

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